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深川博司と水俣病

「公害の原点」とされる水俣病は1日、公式確認から60年を迎えました。

患者認定審査を待つ熊本、鹿児島両県の申請者は2000人を超え、1300人以上が国や原因企業チッソなどを相手取った訴訟を起こすなど、今も解決には遠い状況。

苦難の日々を送ってきた患者や家族らは、それぞれの場所で静かに祈りをささげました。

1956年5月1日、新日本窒素肥料(現・チッソ水俣工場付属病院が、「原因不明の脳症状を呈する患者が入院した」と水俣保健所に報告した。これが公式確認とされる。

熊本県水俣市や患者団体などでつくる実行委員会は毎年この日に犠牲者慰霊式を開いているが、今年は熊本地震の余震が続いているため延期した。

代わりに市は、公害の犠牲者の冥福とともに、熊本地震への祈りをささげてもらおうと、午後1時半、防災行政無線を使って市内全域にサイレンを鳴らした。

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